1936年、イタリア海軍のコメンド部隊のために誕生したパネライコピー「ラジオミール」。その魂を受け継ぐPAM00425は、磨きを抑えた47mmステールケースと焦げ茶のパテーナ加工が、第二次世界大戦下の暗号解読作戦を現代に伝える「時空の遺産」である。砂時計を思わせるアンティーク針が、海底の闇と兵士の息遣いを刻み続ける。

本作の真髄は「機能の神話化」にある。三明治ダイアルの深層に眠るスーパールミノバ塗装は、80年経た今も潜水服越しに視認可能な輝きを保つ。ベゼルに刻まれた「SLC」の文字——Submarine Launched Craft(特殊潜航艇)の略称は、人間魚雷「マリア」搭乗員たちの命綱だった歴史を物語る。
手巻き式キャリバーP.3000は、戦時中の信頼性を継承しつつ現代技術で進化。3日間の動力貯蔵を実現する二重バレル設計は、長期任務を想定した軍用思想の名残だ。6mm厚のサファイアクリスタルは、水深100メートルの水圧に耐えるため、戦艦の舷窓を彷彿とさせる曲面を描く。
しかし真の価値は「傷跡に宿る美」にある。故意に酸化させたブロンズ針と、海水腐食を模したケース加工は、時計師たちが歴史的資料を元に再現した「戦争の美学」。2006年、海底から引き揚げられた実戦使用モデルがジュネーブ競売で伝説的価格を記録した事実が、このデザイン哲学の正当性を証明する。
防水性能300メートル、限定生産300本——数字の偶然が示すように、この時計は単なる計器を超える。焦げ茶の文字盤に映るのは、海底に散った無名戦士たちの「記憶の断片」。ラジオミールが刻むのは時刻ではなく、人類が深海で繰り広げた勇気と悲劇の「沈黙の史書」そのものなのだ。 |