1755年、時計史に不滅の銘を刻んだヴァシュロン・コンスタンタン。「パトリモニー」シリーズの傑作82172/000R-9382は、18Kピンクゴールドの温もりと手巻き式ムーブメントが、機械式時計の「本質」を問い直す。直径38mmの超薄型ケース(厚さ6.79mm)に宿るのは、デジタル時代に抗うアナログの真髄だ。
文字盤の漆黒は、スイス・ヴァレー地方で300年守られてきた「グラン・フュ」技法で仕上げられる。職人が20回以上塗り重ねた漆は、月日を経るごとに深みを増し、バトンインデックスの18Kゴールドが放つ微光と共に「時間の深淵」を演出する。針先のわずかな曲線は、1755年の創業時から続く「針の湾曲率0.3mm」の伝統を継承している。
心臓部のキャリバー4400ASは、手巻き式ムーブメントの金字塔。65時間のパワーリザーブを保持しつつ、ギョーシェ彫刻を施した22Kゴールドローターが、巻き上げのたびに微かな抵抗感を伝える。ブリッジに施されたアングルージュ(手仕上げの斜角研磨)は、0.01mm単位の精度で光の軌跡を制御し、サファイアクリスタル裏蓋越しに「機械の呼吸」を覗かせる。
しかし本作の真価は「余白の哲学」にある。ダイアルから秒針を排除したデザインは、2006年に物議を醸しながらも、真の愛好家から「時間の本質化」と称賛された。文字盤のローマ数字「IV」が伝統に従い「IIII」と刻まれる理由——それは時計師たちが18世紀から守り続ける「視覚的調和へのこだわり」である。
2019年、ジュネーブ競売で初代パトリモニーが予想価格の3倍で落札された事実が、このシリーズの芸術的価値を証明する。82172/000R-9382を腕に纏うとは、単なる所有ではなく、人類が300年かけて培った「手仕事の奇跡」を継承する行為なのだ。時計史の頂点で、この時計は今も静かに詩を紡ぎ続ける。 |